はじめに
ふとした瞬間に、あの子のことを思い出します。それが今でも続いているという人へ、これを書いています。思い出すこと自体を、無理に減らそうとしなくていいのではないかと、今の私は思っています。ただ、そう思えるようになるまでには、私なりに時間がかかりました。この先の話は、あくまで私一人が経験してきたことでしかありません。もし似たような時間の中にいる人がいたら、読んでみてほしいと思います。

あのときのこと
気づいたきっかけ
きっかけは、いつも生活の中の小さな瞬間でした。夕方、日が落ちていく時間帯の空気の色。窓の外で聞こえる、特に意味のない物音。台所に立っているときの、何でもない静けさ。そういう瞬間に、あの子のことがふっと浮かんでくることが、今でもあります。
思い出すタイミングに、規則性はありませんでした。何かの記念日でもなく、あの子と直接結びつくような出来事があったわけでもありません。ただ生活の中のある一瞬に、気配のようなものだけが不意に立ち上がってきます。最初にそれが起きたとき、自分でも少し戸惑いました。もっと早くに収まるものだと、どこかで思い込んでいたからです。
そのときの気持ち・迷い
思い出すたびに、最初の頃は苦しさのほうが大きかったです。あの子がいた時間と、今この瞬間との距離を、そのつど測り直させられているような感覚がありました。思い出すこと自体が、まだ終わっていない何かを突きつけられているようで、正直なところ、できることなら思い出したくない、と感じていた時期もあります。
一方で、思い出さない日が続くと、それはそれで別の落ち着かなさがありました。忘れていくことへの、うまく言葉にできない引っかかりのようなものです。思い出すのもつらいし、思い出さないのも落ち着かないです。どちらに転んでも、自分の中でうまく折り合いがつかない時期が、しばらく続いていました。
私が考えたこと、迷ったこと
そのころの私は、思い出すという行為を、どこか片づけるべき課題のように扱っていたのだと思います。思い出す頻度が減っていくことを、回復の目安のように見ていたところがありました。だから、ふとした瞬間に強く思い出してしまうと、「まだ全然だめだ」というふうに、自分を評価してしまっていました。
それがいつからか、少しずつ違う感じ方に変わっていきました。きっかけがはっきりしていたわけではありません。ただ、思い出している最中に、苦しさだけではない何かが混ざっている瞬間があることに、あるとき気づきました。あの子と過ごした時間の手触りのようなものが、一瞬だけ戻ってくる感覚でした。それは苦しさと同じくらいの重さで、同時にそこにありました。
そのことに気づいてからも、すぐに何かが変わったわけではありません。むしろしばらくの間は、「苦しさ以外のものが混ざっている」という感覚自体を、どう扱っていいのか分かりませんでした。楽になったと言ってしまうと、あの子のことを軽く扱っているような気がして、うまく人に話せませんでした。かといって、苦しいだけだと言い切るのも、実感とは少し違っていました。そのあたりの感覚を誰かに説明しようとするたびに、言葉が足りない気がして、結局話すのをやめてしまうことが何度かありました。
今の私なら: 思い出すことを、良い悪いで分けなくてもよかったのだと思います。ただ、当時の自分にそれを説明しても、あまり届かなかったかもしれません。
今も犬または猫と暮らしています。今の子との暮らしは、それとして日々続いていくものであって、あの子を思い出す時間とは、別のところにあるものだと感じています。今の子がいるから思い出さなくなる、というものでもなければ、今の子がいるから大丈夫、というものでもありません。両方が、それぞれ違う場所に、同時に存在しています。

今、振り返って思うこと
今でも、ふとした瞬間にあの子を思い出します。その頻度は昔より減ったかもしれないし、減っていないのかもしれません。正直、自分でもよく分かりません。ただ、思い出したときの感じ方は、以前とは違ってきているように思います。
以前は、思い出すこと=まだ引きずっていること、という一つの意味しか持っていませんでした。今は、思い出せるということ自体が、あの子と過ごした時間が確かにあったことの証のようにも感じられる瞬間があります。とはいえ、それがいつもそうだというわけではありません。今でも、ただ苦しいだけの思い出し方をする日もあります。うまく言葉にならないまま、涙だけが出てくることもあります。
このあたりのことを、きれいに説明しきることは、私にはできません。説明しようとすると、どこか嘘くさくなってしまう気がします。だから、無理に言葉にしないままにしていることも、正直たくさんあります。
思い出すことに、これで完全に折り合いがついた、と言えるような境目があったわけでもありません。今も、ある日は思い出すことを穏やかに受け止められて、別の日は同じように思い出しても、ただ胸が詰まるだけのこともあります。その振れ幅ごと、今の自分の状態なのだろうと思うようにしています。
もし今、同じ状況にいる人がいたら
もし今、ふとした瞬間に思い出すことがつらくて仕方ないと感じている人がいたら、それが弱さではないということだけ、伝えておきたいと思います。思い出す頻度や、思い出したときの感じ方に、決まった正解があるわけではないと、私は思っています。
思い出すことをやめようとしなくてもいいし、思い出すたびに自分を評価しなくてもいいのではないか、というのが、今の私が持っている感覚に近いです。人によっては、思い出すことがずっと苦しいままかもしれないし、人によっては、途中から違う感じ方が混ざってくるかもしれません。どちらであっても、それはその人の時間の流れ方でしかないと思います。

おわりに
今でもふと、あの子のことを思い出します。それがなくなる日が来るのかどうか、私にはまだ分かりません。ただ、思い出せることそのものを、以前よりは少しだけ、そのまま受け止められるようになった気がしています。それでも、うまく言葉にならないまま残っている部分は、今もあります。この記事を読んでくれたあなたにも、それぞれの時間の流れ方があるのだと思います。