はじめに

新しいペットを迎えるタイミングについて、私自身いくつもの疑問を持ったまま考え続けていた時期があります。見送ったあとにその子のことを考えなくなるわけでは決してないのに、次の子を迎えることを考え始めると、なぜか後ろめたさのようなものがつきまといました。

この記事は、「こうすれば正解です」という基準を示すものではありません。私自身が実際に迷い、考え、それでもいくつかの疑問には自分なりの答えらしきものを見つけてきたので、その過程を残しておきたいと思います。今、同じようなことを考えている人がいるなら、少しでも参考になる部分があればと思います。

子犬の愛らしい様子

私自身が持っていた疑問

見送ったあと、しばらくの間、私は新しい子を迎えることを考えないようにしていました。というより、考えることそのものに抵抗がありました。頭のどこかで、「新しい子を迎えたら、あの子のことを忘れてしまうのではないか」という不安があったからです。あるいは、「もう別の子で気持ちを埋めようとしている」と、自分で自分を責めるような感覚もありました。今から思えば、それは裏切りではないかという迷いだったのだと思います。

その一方で、日常の中でふと、また誰かと一緒に暮らす時間が恋しくなる瞬間もありました。静かな部屋、決まった時間に何かを待っている気配がないこと。そのこと自体に、寂しさと同時に、どこかうしろめたさを感じている自分がいました。「まだ早いのではないか」「そもそも迎えていいのだろうか」という問いが、頭の中を何度も巡っていました。

迷いの中でよく思い出していたのは、私がいちばん最初に迎えた子のことでした。その子は、歳をとった保護犬でした。当時、里親を探している子たちの情報をいくつか見ているうちに、若い子に比べて高齢の子はなかなか貰い手が見つかりにくいという現実を知りました。そのとき、自分の状況とその子の状況が、どこか重なるような感覚がありました。うまく言葉にはできませんが、「この先の時間が短いかもしれない子を、誰かが迎えないままでいるのは違う気がする」という思いが、当時の自分の中にはありました。迎えるという決断は、あのときも迷いの中でしたものでした。そのことを思い出せたのは、見送りのあとで足踏みしていた自分にとって、小さな支えになりました。

見送りのあとに、あらためて新しい子を迎えると決めたときも、迷いがまったくなかったわけではありません。前の子と比べてしまうのではないか、その子に対して失礼にならないだろうかという不安は残っていました。それでも、迎えてからの時間は、前の子との時間とはまた別の、新しい関係として積み重なっていきました。美談として語れるような話ではなく、ただ、当時の自分にとってはそれが自然な流れだった、というだけのことだと思います。

それでも答えが出ないとき

ここまでいくつかの疑問について自分なりに考えてきたことを書いてきましたが、それでも答えが出ないという人もいると思います。私自身も、当時すべての疑問にすっきりとした答えを出せていたわけではありませんでした。

迎えるべきかどうかに、決まった時期や順番はないのだろうと思います。迎えないという選択も、もちろん一つの答えです。前の子との時間を大切にし続けることと、新しい子を迎えないことは、何ら矛盾しません。逆に、迎えることを選んだとしても、それが前の子を忘れることには決してなりません。どちらの選択をしても、前の子との時間がなかったことになるわけではないと、私は思っています。

答えが出ないまま、しばらく時間を置いてみるというのも、一つのやり方だと思います。私自身も、答えを出せないまま過ごした時期がありました。

朝日が昇る静かな風景

おわりに

新しいペットを迎えるタイミングについて、私はいくつもの疑問を抱えながら、少しずつ自分なりの考えを形にしてきました。振り返れば、最初に迎えた歳をとった保護犬との出会いも、明確な計画があったわけではなく、当時の自分の状況と、貰い手が見つかりにくいというその子の状況が、たまたま重なった結果だったように思います。

もしこの記事を読んでいるあなたが、新しい子を迎えることに迷いを感じているなら、その迷い自体は、決して不自然なものではないと私は思います。迎えるにしても、迎えないにしても、決めるのはあなた自身のタイミングでいいのだと思います。