はじめに
その子の名前を、私はしばらくの間、口に出すことができずにいました。呼びたくなかったわけではありません。呼ぶと涙が止まらなくなることが自分でも分かっていて、気づけば自然と避けるようになっていた、というほうが近いように思います。同じような経験をしている方がいたら、それは特別なことでも、おかしなことでもないと、まず最初にお伝えしたいと思います。
名前を呼べないという状態について、当時の私は誰かに相談することもなく、一人で抱えていました。誰かに話したところで、うまく言葉にできる自信もありませんでしたし、そもそも自分でも何が起きているのか、はっきりとは分かっていなかったのだと思います。

名前を呼べなくなった頃のこと
呼べなくなった瞬間
一緒に暮らしていた犬を見送ってから、しばらくの間、私はその子の名前を声に出すことができませんでした。頭の中で思い浮かべることはできても、いざ口にしようとすると、喉のあたりで止まってしまうような感覚がありました。
家族との会話の中でも、いつの間にか「あの子」「うちの子」という言い方に置き換えるようになっていました。誰かに指摘されたわけでもなく、意識してそうしていたわけでもありません。気づいたときには、もうそうなっていた、という感じでした。
名前の代わりに使っていた呼び方
写真を見返すときも、思い出を話すときも、私はその子の名前そのものを避けていました。名前を呼ぶことが、その子がもういないという事実を、いっそうはっきりさせてしまうような気がしていたのだと思います。散歩のときに呼んでいた呼び方や、ふだん使っていた愛称も、しばらくの間は自分の中でしまい込むようにしていました。
スマートフォンの中に残っている動画には、その子の名前を呼ぶ自分の声が入っているものがありました。当時はその動画を再生することさえできず、フォルダの奥にしまったまま、しばらく開かない時期が続きました。名前を呼ぶ自分の声を聞くことが、名前を自分で口にすること以上につらく感じられたのだと思います。

そのときの気持ち
名前を呼べないことに対して、最初はただ悲しいという気持ちしかありませんでした。けれど時間が経つにつれて、そこに戸惑いに近い感情が混ざるようになっていきました。名前くらい呼んであげられなくてどうするのか、と自分を責めるような気持ちになったこともあります。
それでも、いざ名前を口にしようとすると、涙のほうが先に出てきてしまい、結局また避けてしまう。そんなことを何度も繰り返していました。名前を呼ぶことと、その子を大切に思う気持ちは、本来は別のものであるはずなのに、当時の私にはその二つがうまく切り分けられずにいました。名前を呼べないことが、まるでその子を大事にしていない証のように感じられてしまう時期もありました。
家族の前で名前が出ると、その場の空気が少し変わることも感じていました。誰かが悪いわけではなく、ただみんなが同じように言葉を選びながら、その子のことを話していたのだと思います。名前を口にしないという選び方を、家族それぞれが自分なりにしていたのかもしれません。
少しずつ呼べるようになるまで
名前を呼べるようになった、はっきりとした瞬間があったわけではありません。ある日を境に急に変わったのではなく、気づいたら少しずつ呼べる場面が増えていた、という感覚に近いものでした。
最初は、誰もいない部屋で、小さな声で名前を呼んでみることから始まりました。声に出しても、思っていたほど気持ちが崩れずにいられた日があって、そこから少しずつ、家族との会話の中でも名前を使えるようになっていったように思います。
今でも、季節や場所によっては、名前を口にする前に一瞬迷うことがあります。それでも、以前のように名前そのものを避け続けるということはなくなりました。呼べるようになったことが、その子を忘れずにいることの表れのようにも感じています。
しまい込んでいた動画も、少しずつ見られるようになりました。最初は音を消して映像だけを見て、そのあとで音を含めて聞けるようになり、というように、段階を踏んで戻していったように思います。無理に一度で乗り越えようとせず、そのときの自分にできる範囲で少しずつ、というやり方が、結果として自分には合っていたのだと今は感じています。
もし同じ人がいたら
もし今、その子の名前をうまく呼べずにいる方がいたら、それは急いで乗り越える必要のあることではないと、私は思っています。名前を呼べるようになる時期は人によって違いますし、呼べないままの時間が続いていても、それはそれでよいのではないでしょうか。
名前を避けていること自体よりも、その背景にある気持ちのほうが大切なのだと、今の私は感じています。無理に名前を呼ぶ練習をする必要もないと思います。呼べない時期があったからこそ、呼べるようになった今の実感がある、という順番もあるのではないでしょうか。
もし涙が止まらない状態や、眠れない日が長く続いているようであれば、一人で抱え込まず、かかりつけの獣医師や公認心理師などの専門家、お住まいの自治体の相談窓口に話を聞いてもらうことも、選択肢の一つとしてあってよいと思います。

おわりに
名前を呼べなかった時間も、今、少しずつ呼べるようになった時間も、どちらもその子との関わり方の一部だったのだと、今の私は思っています。呼べない時間が長かったからといって、その子への気持ちが薄かったということには決してならないと、今の私ははっきりそう感じています。
この記事を読んでくださっているあなたが、今どんな時間の中にいたとしても、それをそのまま受け止めていただければと思います。